石川県金沢市|イベント
2026年9月5日。私はスマートフォンの画面を見つめながら、深いため息をついた。
「響きで繋ぐ能登と金沢・文化発信ステージ」
金沢駅の地下広場で行われているそのイベントは、私がずっと楽しみにしていたものだった。能登在住の愛すべきゆるキャラ、プク丸ちゃんとお世話係の「かにこ隊長」が登場するトークショーが両日組み込まれており、さらには大道芸人ルークやTANEのパフォーマンス、MakotoSANの弾き語り、住吉神社御陣事太鼓、LumilU(るみる)など、北陸で活躍するアーティストたちが勢揃いするという豪華なステージだ。
しかし、無情にも私の週末は仕事で埋まり、両日とも見に行くことは諦めていた。
初日の夜、SNSを開くと、イベントの様子を伝える投稿が次々とタイムラインに流れてきた。その中で私の目を引いたのは、プク丸ちゃんのトークショーでの一幕だった。 なんと、自由奔放なプク丸ちゃんが突然ステージから降りてしまい、アテンドのかにこ隊長が一人ステージに置き去りにされたというのだ。投稿には、ステージに取り残されて仁王立ちする、かにこ隊長の勇姿が写真付きで添えられていた。
「相変わらず、掟破りな自由すぎるパフォーマンス……」
私は思わず吹き出してしまった。プク丸ちゃんの無邪気な暴走と、かにこ隊長の奮闘ぶりが痛いほど伝わってくる。ああ、やっぱり生で見てみたかったな。そんな後悔が胸の奥で燻っていた。
翌6日。この日も私は仕事を優先した。しかし、急遽スケジュールを組み直し、仕事の途中で切り上げることにしたのだ。 腕時計に目をやると、時刻は13時30分。
(今から金沢駅に向かえば、午後からのプク丸ちゃんのステージに間に合うのではないか……!?)
胸が高鳴るのを感じながら、私は慌ててスマートフォンの乗換案内アプリを叩いた。13時50分頃のバスに乗れれば間に合う。私は鞄をひっつかみ、足早にバス停へと向かった。
発車時刻の5分前には到着し、息を整えながらバスを待った。しかし、時間になっても、5分過ぎてもバスは一向にやってこない。周囲の景色を見渡し、時刻表を再確認して、私は血の気が引くのを感じた。
「……バス停、間違えてる」
しばし呆然と立ち尽くした。なんという痛恨のミス。しかし、ここで諦めるわけにはいかない。すぐに頭を切り替えた。次のバスに乗った場合、プク丸ちゃんのステージには間に合わない。けれど、その後の「グリーティング」――つまり、来場者と触れ合う時間には間に合うはずだ。
私は正しいバス停へ移動し、祈るような気持ちで次のバスに乗り込んだ。
金沢駅の地下広場に到着すると、そこには驚くほどの熱気と温かな空気が満ちていた。 会場にはプク丸ちゃんのファンと思しき人々がたくさんいて、中には何度かイベントで顔を合わせたことのある見知ったファンの方々の姿もあった。関東からわざわざプク丸ちゃんに会いに来たというファンの方もいて、その情熱には本当に頭が下がる思いだった。

グリーティングの時間までは、まだ少し余裕があった。私は会場にずらりと並んだマルシェやグルメのブースを見て回ることにした。 どのお店も、どこか同じような柔らかい空気を纏っている。「響きで繋ぐ能登と金沢」というイベントの趣旨に共感し、集まった人たちなのだ。彼らは単なる売上よりも、ここを訪れた人たちとの「ふれあい」に重きを置いているように見えた。店主と客が笑顔で言葉を交わす光景に、私の心も自然と解れていった。
そして、いよいよプク丸ちゃんとかにこ隊長のグリーティングが始まった。 目の前で見るプク丸ちゃんの愛らしさと、いつも通りしっかり者の(そして昨日仁王立ちしていた)かにこ隊長。ふたりと触れ合ういつものほっこりとした時間は、バスに乗り遅れてステージを見逃した私の残念な気持ちを、嘘のようにぱっと吹き飛ばしてくれた。

プク丸ちゃんのグリーティングの後は、客席のイスに腰を下ろしてこれから予定されているステージを鑑賞することができた。
まずは、世界で活躍する輪島市出身の和太鼓奏者、今井昴さんのステージ。空気を震わせ、腹の底まで響き渡る大迫力の太鼓の音には、彼の熱意と魂が真っ直ぐに込められていた。 続いて、主に石川県で活躍する昭和歌謡歌手、白山さや香さんのステージ。会場の空気を優しく包み込むような、透き通るような美声。

私は過去のイベントでも、お二人の姿をお見かけしたことはあった。しかし、こうしてイスに座り、じっくりと、しっかりと彼らのパフォーマンスと向き合ったのは今回が初めてだった。 音が、歌声が、真っ直ぐに心に突き刺さる。気がつけば、私の腕には鳥肌が立っていた。
令和6年能登半島地震から月日が流れ、被災地はまだ復興の途上にある。このイベントの直接的な趣旨とは少し異なるかもしれないが、あの迫力ある太鼓の響きも、優しい歌声も、間違いなく被災地の人々を元気づける力を持っていると感じた。 いつ、どこで災害が起きてもおかしくないこの国で、いざという時に「繋ぐ能登と金沢」という確かな連携があることは、どれほど頼もしいことだろうか。
イベントのフィナーレ。主催者からの挨拶があった。 マイクを通して語られるその言葉の端々から、能登と金沢を想う大きく、そして温かい気持ちが痛いほど伝わってきた。
やがて終了の宣言がなされ、イベントは幕を閉じた。帰り支度を始める人々のざわめきの中、ステージでは白山さや香さんがマイクを握り続けていた。 彼女は、観客が会場からいなくなるその時まで、美しい声で「蛍の光」を歌い続けてくれたのだ。
その静かで優しい歌声に見送られながら、私は会場を後にした。 なんて、最後の最後まで優しいイベントなんだろう。
バス停を間違えて遅刻するというアクシデントはあったものの、私の胸の中は、充分すぎるほどの楽しさと、深い感動で満たされていた。能登と金沢を繋ぐその響きは、間違いなく私の心の中にも、温かく鳴り響き続けていた。


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